玉田遼一
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2018年のインタビューでは、70歳に定年退職して以降が本格的なマジック挑戦だと話しており、70歳あたりでピークになるように人生計画を立てている<ref name="tamada"/>。 | 2018年のインタビューでは、70歳に定年退職して以降が本格的なマジック挑戦だと話しており、70歳あたりでピークになるように人生計画を立てている<ref name="tamada"/>。 | ||
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+ | 彼のYouTubeの配信は、毎回異なるデッキを使う、視聴者からもツッコミが入るほどの和やかなムードが漂うことで有名(2020年12月時点)<ref name="mana2021">『マナバーン2021』(ホビージャパン、2020年12月21日初版)p.28 ISBN 9784798623849 </ref>。 | ||
==主な戦績== | ==主な戦績== |
2021年2月7日 (日) 15:44時点における版
玉田 遼一(たまだ りょういち)は、大阪のマジックプレイヤー。
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概要
関西を中心に活動するプレイヤー。
1990年代後半、父の書斎にマジックの初心者向けのルール解説本があり、それを読んたことがマジックとの出会いとなった。ただ、実際に現物を見るのはオデッセイが発売されて以降であり、初めてオデッセイを購入した時も対戦する訳ではなくただ単にカードを手に入れたというだけであった[1]。
高校時代にカードショップで店舗大会に出るようになったが、当時のプレイヤーの多くのカード資産が十分な訳ではなかったという事情もあろうが、カードが1枚ずつしか入っていないようなデッキで対戦していた[1]。
永らくマジックは断続的に行っており、中断を復帰を繰り返していた。ちょうど仕事を辞めて暇であったころ、日本選手権でベスト8以上に2回残る実績を残した。本格的に競技プレイヤーとなったのは、2014年頃に覚前輝也から「一緒に本気でやらへん?」と誘われたことがきっかけ。それまでエンジョイ勢であった玉田にとってアメリカ遠征などは長距離である上に遠征費が高額なので考えられないことであったが、競技シーン参入に伴いナッシュビルなどへの遠征にも出かけるようになった[1]。
2015年には、個人戦でワールド・マジック・カップ15大阪予選の優勝とプロツアー「戦乱のゼンディカー」準優勝という優秀な成績を残す。さらにチームの一員として出場したワールド・マジック・カップ15でも、チームメイトからベスト・プレイヤーと評される活躍をし[2]、日本チーム初のワールド・マジック・カップベスト8進出に貢献した。
2018年のインタビューでは、70歳に定年退職して以降が本格的なマジック挑戦だと話しており、70歳あたりでピークになるように人生計画を立てている[1]。
彼のYouTubeの配信は、毎回異なるデッキを使う、視聴者からもツッコミが入るほどの和やかなムードが漂うことで有名(2020年12月時点)[3]。
主な戦績
プロツアー
- プロツアー「戦乱のゼンディカー」 準優勝
グランプリ
- グランプリシンガポール18 ベスト8
- グランプリマニラ17 優勝
- グランプリ神戸17 ベスト8
- グランプリ広州16 ベスト8
- グランプリパリ16 ベスト4
- グランプリロサンゼルス14 ベスト8
- グランプリ上海14 ベスト4
その他
- 日本選手権20秋 準優勝
- 日本選手権17 ベスト8
- ワールド・マジック・カップ16東京予選 ベスト8
- ワールド・マジック・カップ16大阪予選 ベスト8
- ワールド・マジック・カップ15 団体戦ベスト8
- ワールド・マジック・カップ15大阪予選 優勝
- ワールド・マジック・カップ14大阪予選 ベスト8
- 日本レガシー選手権12 ベスト8
- 日本選手権11 ベスト8
- 日本選手権10 ベスト4
代表的なデッキ
- 白青フラッシュ(グランプリマニラ17 優勝)
- ジェスカイ(プロツアー「戦乱のゼンディカー」 準優勝)
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 『マナバーン2018』(ホビージャパン、2017年11月30日初版)p.58 ISBN 9784798615776
- ↑ O Captain! My Captain!/ああ、キャプテン! 我らがキャプテン!
- ↑ 『マナバーン2021』(ホビージャパン、2020年12月21日初版)p.28 ISBN 9784798623849