伊藤敦
提供:MTG Wiki
細 |
細 |
||
(2人の利用者による、間の2版が非表示) | |||
1行: | 1行: | ||
− | '''伊藤 敦'''(いとう あつし)は、東京の[[マジック:ザ・ギャザリング|マジック]][[プレイヤー]]、[[ライター]]。 | + | {{Stub}} |
+ | |||
+ | '''伊藤 敦'''(いとう あつし)は、東京の[[マジック:ザ・ギャザリング|マジック]][[プレイヤー]]、[[ライター]]。'''まつがん'''のハンドルネームで知られる。元[[晴れる屋]]社員。 | ||
==概要== | ==概要== | ||
− | 典型的な[[デッキビルダー]] | + | 中学2年生の時に[[ウルザズ・レガシー]]あたりで友人に誘われてマジックを始めた<ref name="mana2021"/>。 |
+ | |||
+ | 大学受験ではセンター試験の自己採点で慶応大学に合格したことを確認し、気が抜けて本命の東京大学には不合格となった<ref name="mana2021">『マナバーン2021』(ホビージャパン、2020年12月21日初版)p.44 ISBN 9784798623849 </ref>。 | ||
+ | |||
+ | 大学時代は勉強に力を入れずマジックに没頭。[[グランプリ仙台04]]などで遠征する楽しさを知り、そこから競技シーンに興味を持った。当時のブログを[[2020年]]に自身が振り返ったところ「ずっとドラフトばっかりやってた」とのこと<ref name="mana2021"/>。 | ||
+ | |||
+ | 本人によると、かつてのブログでは最初から記事を面白くして注目を集めようとするわけではなく、勝つために持ち込んだデッキで負けたらネタに昇華する感じであったという<ref name="mana2021"/>。 | ||
+ | |||
+ | [[プロツアーベルリン08]]を一区切りに法科大学院に進学して真面目に勉強しようと考えたが、[[日本選手権08]]で初めてカバレージを書いたことをきっかけに結果的にライターの道に進むことになった。[[2013年]]に「晴れる屋」に入社<ref name="mana2021"/>。 | ||
+ | |||
+ | 典型的な[[デッキビルダー]]であり、この傾向は大学時代から変わらなかった<ref name="mana2021"/>。[[2015年]]初頭、[[Super Crazy Zoo]]のブレイクによって一躍世界に知られることとなった<ref name="mana2021"/>。 | ||
[[コンボデッキ]]も多数手がけているが、本当に作りたいのは前のめりな[[ビートダウン (デッキ)|ビートダウンデッキ]]であるとのこと<ref>[https://article.hareruyamtg.com/article/article_3509/ だらだらクソデッキ vol.13 -百八式波動球-]</ref>。[[構築]]のみならず、[[リミテッド]]でも1[[マナ]]域をかき集める戦略を提唱している<ref>[https://article.hareruyamtg.com/article/article_1472/ 『マジック・オリジン』ドラフトの極意 ~青黒ジャッカル~]</ref>。 | [[コンボデッキ]]も多数手がけているが、本当に作りたいのは前のめりな[[ビートダウン (デッキ)|ビートダウンデッキ]]であるとのこと<ref>[https://article.hareruyamtg.com/article/article_3509/ だらだらクソデッキ vol.13 -百八式波動球-]</ref>。[[構築]]のみならず、[[リミテッド]]でも1[[マナ]]域をかき集める戦略を提唱している<ref>[https://article.hareruyamtg.com/article/article_1472/ 『マジック・オリジン』ドラフトの極意 ~青黒ジャッカル~]</ref>。 | ||
27行: | 39行: | ||
*[[実在の人物]] | *[[実在の人物]] | ||
− | {{ | + | {{DEFAULTSORT:いとう あつし}} |
− | |||
[[Category:日本のマジックプレイヤー]] | [[Category:日本のマジックプレイヤー]] |
2023年10月21日 (土) 23:04時点における最新版
伊藤 敦(いとう あつし)は、東京のマジックプレイヤー、ライター。まつがんのハンドルネームで知られる。元晴れる屋社員。
目次 |
[編集] 概要
中学2年生の時にウルザズ・レガシーあたりで友人に誘われてマジックを始めた[1]。
大学受験ではセンター試験の自己採点で慶応大学に合格したことを確認し、気が抜けて本命の東京大学には不合格となった[1]。
大学時代は勉強に力を入れずマジックに没頭。グランプリ仙台04などで遠征する楽しさを知り、そこから競技シーンに興味を持った。当時のブログを2020年に自身が振り返ったところ「ずっとドラフトばっかりやってた」とのこと[1]。
本人によると、かつてのブログでは最初から記事を面白くして注目を集めようとするわけではなく、勝つために持ち込んだデッキで負けたらネタに昇華する感じであったという[1]。
プロツアーベルリン08を一区切りに法科大学院に進学して真面目に勉強しようと考えたが、日本選手権08で初めてカバレージを書いたことをきっかけに結果的にライターの道に進むことになった。2013年に「晴れる屋」に入社[1]。
典型的なデッキビルダーであり、この傾向は大学時代から変わらなかった[1]。2015年初頭、Super Crazy Zooのブレイクによって一躍世界に知られることとなった[1]。
コンボデッキも多数手がけているが、本当に作りたいのは前のめりなビートダウンデッキであるとのこと[2]。構築のみならず、リミテッドでも1マナ域をかき集める戦略を提唱している[3]。
ライターとしても、独特な発想と軽妙な文章から評価が高い。覇者、ジョー・カディーン/Jor Kadeen, the Prevailerをテーマとしたデッキ構築において、イケメン☆パラダイスなるデッキを作成し、絶大なインパクト(と笑い)を与えたのは有名。
- 独自のデッキ構築論は評価が高いのだが、デッキビルダーとしての傾向はどちらかと言えばジョニーであり、突飛なデッキが多い。後述するコロコロオンラインの連載では「論理的な発想でシナジーを見出すのだが、途中で飛躍して明後日の方向に行く事を得意とする」とまで書かれている。特に浅原晃との対談を切っ掛けにその傾向が強くなったが、それ以前からも同様。
- Travis Wooを勝手にライバル視している(同様に突飛なデッキを多数制作しているため)。
- かの有名(?)な青白GAPPOを使ったプロツアー京都09では、ドラフトラウンドで3-0をして、同デッキを使った3人の中では唯一2日目に進むことができた(最終成績は6-6)(初日、2日目)。
- 晴れる屋退社後は、コロコロオンラインでデュエル・マスターズのデッキ構築記事「デュエマ妄想構築録」を週刊連載、好評を博している。「研究仙人」としてコロコロチャンネルの動画にも出演している。
[編集] 代表的なデッキ
[編集] 脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 『マナバーン2021』(ホビージャパン、2020年12月21日初版)p.44 ISBN 9784798623849
- ↑ だらだらクソデッキ vol.13 -百八式波動球-
- ↑ 『マジック・オリジン』ドラフトの極意 ~青黒ジャッカル~