渡辺雄也

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渡辺 雄也(わたなべ ゆうや)は、神奈川のマジックプレイヤーTeam Cygames所属。 通称「ナベ」「ジャパニーズ・ジャガーノート」。

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[編集] 概要

神奈川の草の根トーナメント・Planes Walker's Cup(PWC)の常連で、初代「ミスターPWC」の異名を持つ。

The Finals06での準優勝でブレイクし、グランプリ京都07アマチュア優勝。2006-2007シーズンルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。

2009年後半の活躍は目覚ましく2009年度プレイヤー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

グランプリピッツバーグ11グランプリ上海11では二連覇の偉業を達成。グランプリ北京14で7回目のグランプリ優勝を果たし、ついにKai Buddeにならび歴代1位タイの優勝回数となった。世界選手権では新体制になった2012年から唯一6年連続で出場していたり、世界選手権から独立したワールド・マジック・カップにおいても、2016年除くキャプテン(国内最多プロポイント保持者)として選出されていたりしており、近年は日本マジック界の顔として世界でも最前線を走るトッププレイヤーとして認知されている。

2016年マジック・プロツアー殿堂入り、成績に比べ殿堂入りが遅いという意見もあるが、実は殿堂条件である「プロツアー初参戦から10年経過」に引っかかっていたため、殿堂入りさせたくても出来なかったという事情がある。それほど早くトッププレイヤーへの道を駆け上がったという証左である。

2019年ミシックチャンピオンシップロンドン19においてマークドによって失格裁定を受ける[1]。その後の追加調査により、30ヵ月のDCI認定イベント出場停止処分を受け、マジック・プロリーグ19およびマジック・プロツアー殿堂から除名された[2]

  • 2016年現在、ルーキー・オブ・ザ・イヤーとプレイヤー・オブ・ザ・イヤーの両方を経験する唯一のプレイヤー。
  • 構築戦においては自身をデッキチューナーとして特化したプレイヤーであると称しており、特に時間をかけてデッキの選択と調整を行えるグランプリにおいて圧倒的なパフォーマンスを発揮する。リミテッドも極めて得意としており、グランプリでベスト8に入賞したうちの半数以上がリミテッドによるものである。
  • 非常に練習熱心なプレイヤーであり、それに裏打ちされた綿密なデッキ構成やプレイングサイドボーディングを強みとする。練習のしすぎでオーバーワークになってしまうこともあり、特に世界選手権とワールド・マジック・カップが併催されていた時期は過労のあまり倒れてしまったという。
    • この時は毎日2時間睡眠で残りの時間は全て練習に当てていたという。結果本番直前に倒れてしまい、本番でもコンディションの悪さからボロボロになってしまった。この経験から「睡眠時間を削ってマジックの練習をする」ことには否定的である(参考)。
  • スタンダード環境Delver旋風が吹き荒れる2011-2012シーズン後半、独特なデッキ構成のDelverでグランプリクアラルンプール12グランプリマニラ12を連覇した際には「禁止カードを出すか、ナベを禁止にするか」と言われるほど他のプレイヤーから恐れられていた。
    • この冗談交じりの敬意は、公式のマジック20年記念ページ(参考)や、マナバーンの年表にも掲載された。
  • 2013年よりカードショップ「MINT」にスポンサードされている。同年には海外からもスポンサーのオファーがあったが、後進を育てるために日本のスポンサーにこだわり、これを固辞した[3]。また、2015年からはTCGサプライメーカー「Ultra PRO」からのバックアップも受けるようになった(参考)。その後、2016年にTeam Cygamesに加入。
    • グランプリの販売ブースのMINTの購入特典としてトークンカードが製作されており、Team Cygames加入後もコラボとして製作され続けている。
  • 大変なアニメ好きとしても知られ、マジックの記事やインタビュー内でもしばしばネタにされている。
    • その内、「けいおん!」中野梓が特に好きらしく、それをネタにしたエピソードには事欠かない。時折神河ブロック梓/Azusaがセットでネタにされる事もある。
      • BIGMAGIC Open Vol8で行われた殿堂入り記念式典では中野梓から祝辞を述べられ思わず号泣した。
  • 2007年にグランプリ京都で優勝することで初めてのプロツアーに参加した後は、一度も参加資格を失うことなく殿堂入りしている。つまりプロツアー予選およびプロツアー地域予選の突破によるプロツアー出場が一切ないままプロになった人物であり、今後も(プロツアー殿堂の特典に変更がない限り)永久にプロツアー予選には参加することはない。まさに異色の経歴の持ち主である。
  • プロツアー殿堂入りが見えた頃、それまでに殿堂入りを果たしたプレイヤーは人間性が素晴らしかったため、2010年代半ばごろからゲーム外はともかくゲーム中のプレイは紳士的であるように見習って行きたいと感じるようになった。以降、プレイヤーの模範になるように努めている[3]
  • 強くなるためには同じ程度のレベルの対戦相手と練習することが重要と話しており、最初はミスをしないこと、それがクリアできたら的確なデッキ選択をすることを心掛ける必要があるとしている。また、リミテッドに夢中になってスタンダードの練習を疎かにしないように気を付けるべきだとも語っている[3]
  • プロプレイヤーズ・クラブに関しては『マナバーン2019』でのインタビューにおいて、2年に1回程度制度が変わり、それに毎回対応する必要があるので「ずっと迷走している」と否定的に語った。また、露骨なコストカットも透けて見えると不満を持っている[3]

[編集] 主な戦績

[編集] プロツアー

[編集] グランプリ

[編集] その他

[編集] 代表的なデッキ

[編集] 脚注

  1. Round 16 Disqualification/第16回戦の失格処分について
  2. Statement Regarding Yuuya Watanabe/ミシックチャンピオンシップ・ロンドン2019における渡辺雄也選手の失格処分に関する調査結果
  3. 3.0 3.1 3.2 3.3 『マナバーン2019』(ホビージャパン、2018年12月26日初版)p.12-15 ISBN 9784798618388

[編集] 参考

マジック・プロツアー殿堂顕彰者
2005年 Jon Finkel - Darwin Kastle - Tommi Hovi - Alan Comer - Olle Råde‎
2006年 Bob Maher - David Humpherys - Raphaël Lévy - Gary Wise - Rob Dougherty
2007年 Kai Budde - Zvi Mowshowitz - 藤田剛史 - Nicolai Herzog - Randy Buehler
2008年 Dirk Baberowski - Mike Turian - Jelger Wiegersma - Olivier Ruel - Ben Rubin
2009年 Antoine Ruel - Kamiel Cornelissen - Frank Karsten
2010年 Gabriel Nassif - Brian Kibler - 齋藤友晴 - Bram Snepvangers
2011年 中村修平 - Anton Jonsson - Steven O'Mahoney-Schwartz
2012年 Paulo Vitor Damo da Rosa - 津村健志 - 大礒正嗣 - Patrick Chapin
2013年 Luis Scott-Vargas - William Jensen - Ben Stark
2014年 三原槙仁 - Paul Rietzl - Guillaume Wafo-Tapa
2015年 Eric Froehlich - 八十岡翔太 - Willy Edel
2016年 渡辺雄也 - Owen Turtenwald
2017年 Josh Utter-Leyton - Martin Jůza
2018年 Seth Manfield - Lee Shi Tian
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